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束と順序集合
- Published
2016-10-06 - Last Modified
2018-04-09
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- https://github.com/ayu-mushi/ayu-mushi.github.io/blob/develop/src/article/lattice-and-order.mdk
1. はじめに
これは束と順序集合についての勉強ノートである。 束と順序集合の理論について、プログラミング言語意味論への応用をゴールとして書く。 領域理論では、計算可能関数を近似するのに有向完備半順序集合(CPO)間の連続関数を使うため、順序集合と束についての成果が使われる。
2. 順序集合と単調写像
定義 1.
集合と関係との対が 半順序集合であるとは、反射律・推移律・反対称律、すなわち、
が成り立つことである。を半順序である、半順序関係であるとも言う。
半順序集合より条件をゆるくして、上の関係に対し反射律・推移律が成り立つとき、そのときに限り、対を
定義 2.
対が 全順序集合あるいは 鎖、 線形順序集合であるとは、半順序集合について全順序律、すなわち、
が成り立つことである。
例 1.
半順序集合の例としては、何らかの集合についてのその冪集合とその間の部分集合関係、自然数とその間の整除(割り切れる)関係、の部分関数の集合とその間の「どんなのについてもが定義されるならば、も定義されて」という関係、文字列の集合と始切片関係、数学的対象の集合以外だと、モジュール・知識・理解・存在者などとその間の諸依存関係(これは相互依存があるなら
全順序集合の例としては、自然数・整数・実数・超限順序数の間の大小関係、任意の集合についてその間の同一性関係、太陽系の惑星の集合と太陽に近い順の順序、など。
また、定義から分かるように全ての全順序集合は半順序集合でもある。
前順序集合を同値関係で割れば、半順序集合になる。
例 2.
半順序集合の例として、正規表現[01]*
で指定されるようなバイナリ列(自然数の二進数表示と考えても良いが、001と1は同一視されない)の集合、つまり有限文字列でどの文字もかなものの集合を考える。
また、無限列も含めたものをとする。
順序関係として、なのはがの始部分列(すなわち、の長さはより短く、どんなの番目の値についてもの番目と同じである、はのプレフィックスである)であるという関係を入れる。
つまり、だが、ではない。
順序関係的に小さい方が文字数的に長くなってることに注意。
定義 3.
をとかとかと書く。
をとも書く。をとかとかと書く。をと書き、ととが 比較不能であるという。
「比較不能」という言葉を使って言い換えると、全順序集合とは、比較不能な元の無い半順序集合のことである。
定義 4.
半順序集合とについて全射が存在して、どんなにも、とが同値ならば、とを順序同型と言い、そのようなを順序同型写像と言う。
順序同型写像は必ず、全単射である。 まず、定義より全射である。さらに、と仮定しよう。 反射律からかつ。 そして、は順序同型写像だから、とが分かる。 最後に、反対称律により、が分かる。 は任意なので、これは、が単射であることを示す。
定義 5.
がに
補題 1.
が有限順序集合のとき、として、なる系列(つまり、かつ、なる系列)が存在することと、なこととは同値。
証明. は、推移性から明らか。
を示そう。 は有限なので、の濃度に関する帰納法を用いる。Pの濃度が以下の場合とそうでない場合で場合分けしよう。 の濃度がやの場合はそもそも前提のという関係が満たされないので、自明に成り立つ。 の濃度がの場合、異なるについて、が成り立つならば、異なるは存在しないので、であるから、成り立つ。 の濃度を持つ全ての順序集合について既に成り立ったとして、の濃度がの場合を示そう。 要素数は2つ以上あるから、と仮定する。を考えると、帰納法の仮定によりどんなについても系列が存在する。 を付け加えても、の部分については、元通り成り立つ。を仮定して、系列の存在を示そう。 なるが存在しないとする。 すると、は空ではないので、どんなについてもなるが存在することになる。 つまり、は極大元が存在しない、だから無限集合である。 これはが有限集合であることと矛盾。 したがって、なるは存在する。 については「元通り」成り立つのだったからとを繋ぐ系列があり、つなげばとをつなぐ系列の存在が示される。ひっくり返したの場合も同様である。従って、任意の場合について系列の存在が示される。
定義 6.
上の半順序関係が稠密であるとは、どんなについてもならば、かつなるが存在することである。
言い換えれば、稠密順序には被覆関係で結ばれるようなが存在しない。 有理数や、実数や、と実数の通常の順序は稠密だが、自然数や超限順序数はそうではない。有理数の例から分かるように、連続性とは異なるので注意1。
定義 7.
有限順序集合については、ハッセ図という図で表示できる。
P上の各を平面上の点に対応づけ()、その点を中心として円を描く(図では、名前を入れた)。
このとき、ならば、はより下の点にマッピングする。つまり、、として、。
さらに同じ条件のとき、点ととを線で繋ぐ。
かつならば、はとを繋ぐ線と交わらないようにする。
定義 8.
半順序集合に対し双対順序集合を、集合はと同じで、順序関係を、なのは、であるときそのときに限ると定める。
順序集合についての述語のとを入れ替えることで、双対順序集合について成り立つ双対的な述語が得られる。
また、すべての順序集合になりたつような言明に上記のような入れ替えをした双対言明は、すべての順序集合について成り立つ。
ちなみに、このような言明を修飾して、「(○○と)双対的に(○○の部分は文脈で補完される)」という意味の“Dually”という副詞が使われてたりする。「双対的に定義される」「双対的に示される」などの用法がある。
定義 9.
適当な関係について、反射推移閉包を取ってx R y & y R xのとき同じになるように同値関係で割れば半順序集合が作れる。
例: 後者関係にこの操作を適用すると自然数の通常の順序が得られる。
一方で、全順序集合をこのような方法の延長で作るのは無理っぽい。
定義 10.
が順序集合の最小元(bot)であるとは、どんなについてもであることをいう(双対により、最大元(top)も定義できる)。
が順序集合の極小元(minimal element)であるとは、となるようなが存在しないことをいう(双対により、極大元(maximal element)も定義できる)。
反対称律から最小元、最大元は1つに定まるので、それぞれとと書く。 極小元と極大元は1つには定まらないので、の極小元の集合を、極大元の集合をと書くことにする。 例としては、自然数の最小元は(または)である。最大元は存在しない2。 実数、整数には最大元も最小元も存在しない。
(2002)によると、計算機科学者は停止しない計算を表すため最小元が存在するモデルをよく使うが、最大元は無しにすることを好むらしい。 計算機科学における最大元の例は、Javaなどのオブジェクト指向言語において全てのクラスの親クラスになるObjectクラスがある。 ,
補題 2.
さっき順序集合に極大元が存在せず、空でない場合にはは無限集合であるという事実を証明なしで使ったが、証明をやってみる。
証明. 対偶、すなわち空でない順序集合について、有限なら極大元が存在することを、示そう。 の濃度に関する帰納法を用いる。 は空でないから、濃度が0の場合は問題ない。 がシングルトンの場合、唯一の要素こそが、それより小さい要素はそれ以外無いから、極大元である。 濃度の全ての集合に極大元があったとして、濃度のに極大元があることを示そう。 濃度は2以上だからとする。帰納法の仮定によりは極大元を持つ。 をの極大元の1つとする。か、そうでないかのいずれかである。 もしそうなら、はの極大元である。 そうでないなら、はの極大元でもある。 いずれにせよ、極大元が存在する。
補題 3.
を前順序集合とする。
以下の3つのうち、どれかが成り立つ。
- Aは無限集合である
- は極大元を持つ
- は反対称的でない
定義 11.
半順序集合の部分集合について、全てのについてとなるを、の上界と呼ぶ。
の上界の中で、最小のものを、の上限と呼ぶ(半順序なので、最小のものは唯一である)。
双対によって、下界、下限も定義できる。
また、演算をの上限として定義する。
双対的に、演算をの下限として定義する。
例 3.
自然数と整除関係の順序集合において、上限は最小公倍数、下限が最大公約数。
生物の集まりと先祖祖先関係からなる順序集合を考えると、現在存在する個体の集合の上限はミトコンドリア・イブやY染色体アダムに当たるかもしれない。
生物種と先祖祖先関係であれば、上限は共通祖先である。
例 4.
生物の集まりと先祖祖先関係からなる順序集合について、個体の集合が無限集合の場合の上限(極限)となる超限ミトコンドリア・イブについて想像してみよう。
定義 12.
について、ででならとなるようなをの上方集合(up-set)という。
双対的に、ででならとなるようなをの下方集合(down-set)という。
また、の下方集合の族をと書く。 は関係のもとで順序集合である。
定理 1.
を順序集合とし、とする。
以下は同値:
- (どんなの下方集合についても、ならば、であること)
つまり、はからへの順序埋め込みである。
証明. (1) (2). 、とする。 となり、推移性からも分かる。 したがって、。 は任意に取ったから、が示された。
(2) (1). である。 仮定からとなり、が分かる。
(2) (3). とし、とする。 (2)(1)は分かっているので、が分かり、は下方集合だから、。
(3) (1) の否定を仮定する。 すると、。 は下方集合だから、。 は明らか。 ここでが(3)と矛盾。 よってである。 (でないとしたとき、(3)のの部分にを入れると、反例となってしまうという背理法)
定理 2.
を完備束とする。
このとき、からへの任意の単調関数は不動点をもつ。
証明. 、そして、 としよう。
さらに、とする。 の最小性により、。 単調性により、。 の定義により、。
これは最小不動点の構成であり、双対により最大不動点も得られる。
定理 3.
半順序集合から半順序集合への関数が連続関数のとき、は単調関数である。
証明. に対し、とすると、は有向集合である。 Connecting Lemmaによりだが、連続性から。 ふたたびConnecting Lemmaにより、。 は任意に取ったので単調性が示された。
定理 4.
半順序集合から半順序集合への関数は、単調かつ有限呼び出しのとき、そのときに限り、連続である。
証明. (単調&有限呼び出し連続)
(単調&有限呼び出し連続)